捕鯨問題を語る 森下丈二氏(国際水産資源研究所)取材レポート(2014/1/23)

[ 取材レポート ]

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商業捕鯨が行われなくなっているばかりか、太地の伝統漁でもあるイルカ漁は国際的にも非難を浴びるまでに至ってしまった。その裏にはクジラやイルカを特別な動物だという風に見る人たちもいて、商業捕鯨どころか調査捕鯨(捕獲調査)までもが「悪」というレッテルが貼られてしまっている。
果たして日本人は悪いことをしているのであろうか?私たちの伝統漁のひとつである捕鯨、そして戦後の食糧難を救った鯨肉が復活される日があるのか?
この度国際捕鯨委員会(IWC)日本代表団のコミッショナーを務められている森下丈二氏に捕鯨問題について聞いてみた。


「食文化だから捕らせろ」を論点にすべきではない

−−森下さんの今の仕事を教えていただけませんでしょうか?
森下(以下M):マグロ、カツオをはじめクジラと言った色々な国が利用している国際水産資源などを研究する組織、独立行政法人水産総合研究センター・国際水産資源研究所の所長をやっています。

−−ならば昔のように国際捕鯨委員会(IWC)の会議に参加することはないのですか?
M:2年ほどIWCの会議から遠ざかっていましたが、昨年政府代表に任命され、2013年のIWC科学委員会には出席しました。

−−私は昨年の東京海洋大学で3週にわたって行われた公開講座「鯨類学入門」(※1)を聴講させてもらいました。私はその講義で厳格にクジラという水産資源が管理されているとことを初めて知りました。それは予想以上の驚きでもありました。特にIWC科学委員会議長を務められている北門准教授の専攻は海洋学や鯨類の生態学ではなく数学、特に統計学の専門だというのを知り、そういう側面からもクジラの資源管理をしているのには驚きました。
M:クジラの管理に関しては他の水産資源よりも良く研究されていると言えます。捕獲枠を決めるためのシステム作りなどは水産資源学の先端を行っていると思います。

−−ただ、鯨肉を食べることは日本の食文化であると主張する人もいる反面年間に国民一人当たり数十グラム以下しか消費しなくなっている現状をみると、鯨肉消費は食文化として廃れていて、もう商業捕鯨を再開させる必要ないのでは?という意見もあります。
M:「食文化だから捕鯨を再開させろ」という言い方は、非常にわかりやすい言い方だと思います。しかし私の場合、「食文化だから捕鯨を再開させろ」というところに論点をおいて議論することはありません。反対のことを言うと、「食文化でなければ捕鯨はできないのか」ということになりますよね?しかし、例えばアフリカなどの開発途上国ではクジラは食文化になっていませんが、動物性タンパク質を確保するために捕ることを望む国もあります。文化論だけで議論していくと、これから資源として利用したいという人たちがでてきた場合、彼らに利用を認めないということになり、不公平にもつながっていきます。
 また現状が逆差別にもつながっていることがあります。IWCの議論のなかでもこれは表面には出てきませんが、IWCは先住民(※2)に対して「あなたたちは劣った文化の持ち主で、捕鯨しかないのだから認めてあげます」という考えがあります。もし先住民がモーターボートとかを使って捕鯨をしたら、非難囂々となるわけです。これには「あなたたちの古い伝統文化を認めているのだから遅れた文化のままでいなさい。アラスカに住んでいても、正式なアメリカ人ではないのだから、捕鯨を許しているのです。もし正式なアメリカ人になりたいのなら捕鯨をやめなさい」という傲慢を押しつけているような気がします。
 だから「文化だから捕鯨をやらせろ」「文化でないから捕鯨はできない」「文化的に劣っているから捕鯨をしていい」という論点で議論すべきではないと思います。


時間がかかりすぎている捕鯨問題

−−書籍「動物保護運動の虚像」(梅崎義人著※3)に書かれていますが、そもそもなぜ1972年のストックホルム会議(※4)で反捕鯨が取りあげられたのでしょうか?
M:梅崎氏もその本で書いていますが、ベトナム戦争でアメリカの国力が衰退し、その戦争から世論の目を背けるためというのが事の発端ではないかと言われています。ただ私もその当時に直に関わっていたわけではないので何とも言えません。
 一方で事の発端が何であれ、捕鯨問題がここまで長引いていることの方が問題だと思います。これだけ長い時間がかかってしまうと、「捕鯨は悪いモノ」という概念が定着してしまいます。その間に色々な環境保護団体の働きかけもあるだろうし、米国が制定したような海産哺乳動物保護法(※5)を取り入れる国も豪州やニュージーランドなどと増えていってしまいました。その結果「減っている資源を守る」というよりも「特別なものだから守る」という概念に変わってきてしまっていて、そうなると科学の世界の話しではないですよね。

−−時間の経過とともに論点がすり替わっていますよね?
M:反対の見方をすれば、長い時間のなかでも、捕鯨問題がつぶされずにいるのは、諸先輩の方々が粘り強く交渉してきていただいたおかげでもあります。そして世論のおかげでもあります。文化論的な話にはなってしまいますが、日本で一般の人に街頭インタビューしても「牛肉食べている人たちに捕鯨を反対されたくないから頑張って交渉をやったほうがいい」と言ってくれますよね。

−−確かに国内で調査しても世論の6割以上の人が捕鯨に賛成しています。ところで梅崎氏の著書を読んで感じたのですが、私はTPP然り、米国の兵器を使わない侵略戦争みたいなのに日本はやられていると感じています。例えば1970年代以降米国は日本に鯨肉消費を禁止させて、そのかわりに自国の牛肉を輸出してそれを日本国内でも多く消費させようとしているのではと私は思うのですが?
M:私が交渉している米国の政府高官のなかで、鯨肉消費を禁止させて牛肉輸出を狙っている人はいないでしょう。今日本国内で消費されている鯨肉の消費量は4,000t/年〜5,000t/年です(一人当たり数十グラム以下)。たったそれだけの量のために米国がこれだけの労力を使って、日本の鯨肉消費をつぶしにくるとは思えません。産業の面から考えても、日本国内でも捕鯨は大きな産業になっているわけではありませんが「そんなの他国にとやかく言われたくない」という気持ちが一般にあります。逆に捕鯨を責める米国側も国民感情などを背負っていますから、ケネディ大使もあのような発言(※6)をしたのでしょう。

−−IWC科学委員会の北門先生たちが科学者としてしっかりしたデータを出しても本会議でつぶされると言っていましたが、それも科学の枠を超えた感情の問題があるからなのでしょうね。
M:捕鯨の問題には色々な世論、国民の感情なども入っています。もし科学的に捕鯨を再開しても大丈夫だと反捕鯨国の政府高官が言ってしまったら、たちまち国内から非難されますし、第一そういう人はIWC担当に任命されません。科学で証明されたからと言って捕鯨問題が解決すると思ったら大間違いです。オーストラリアぐらいの環境急進国になると捕鯨問題が選挙の争点にさえなってきます。
 またこう言う言い方は失礼ですが、国民全員が捕鯨問題の専門家のように科学や法律を理解できるかと言えばそうでもないですよね?もちろん理想はそうなってもらいたいですが、それは困難なことだと思います。だからなかなか解決しないのです。


感情の話しではなく科学の話しをして、連鎖を食い止める

−−地球上の人口が70億人を超えると飢餓の時代が来ると言われています。それを補うためにも鯨肉は必要という考え方はできますか?
M:鯨肉が、それだけで飢餓を救うかどうかということになると私は疑問符を付けます。世界の人がみんなでクジラを食べるのは資源的には厳しい。むしろ問題は、クジラという生き物に関して世界では「カリスマ性のある動物だからたくさんいようがいまいが食べてはいけない」という暗黙のルールができているということです。またカリスマ性のある動物はクジラ以外にも膨れあがろうとしています。ゾウなど大型の陸上動物もそうだと言う人もいます。そこに徐々にマグロやサメも入れられつつあります。もし、反捕鯨の議論に沿って、あれも食べてはならない、これも食べてはならないとなると、本当に飢餓の時代に来たとき非常に危険な事態になると思います。だからあれもダメ、これもダメという連鎖を起こさないためにも捕鯨問題は重要だと思っています。


−−イルカなどはカリスマ性のある動物ですし、ダイバーなんかでも「カワイイ」と思っている人はたくさんいます。IWCなどの国際会議の場で感情移入をしてくる政府高官の人とかもいますか?

M:思っている人はいるでしょうが、さすがにそれをもって会議の場で議論する人はいません。ただ、何年か前のワシントン条約の会議の場で、NGOの代表の人が「科学だけではなく、動物に対する人間の感情も考えるべきだ」と言ったら、みんなからブーイングが起きました。
 特に途上国の人からすると、このような発言は、その人にとっての文化・感情が、他の人の文化・感情より勝っているという前提での発言になりますから文化帝国主義の発言になります。また自分の考え方を押しつけているというのも気付いていないでこのような発言をしてしまっている人もいて、反発されてもその理由さえわからない人さえいます。自分が正しいと考えていることは絶対的に正しいと信じて、他の人にそれを求めているんですね。だから宗教的とも言われています。


残虐性を減らし、捕鯨の実態を公表

−−ところで太地のイルカ漁ですが、残虐性は高いと思われますか?
M:太地の方もなるべく短い時間で絶命できるように努力はしています。
 と殺場でどうやって牛や豚がしめられているかは、見えない場所でやっているので公開はされません。方や一方でクジラもイルカの捕獲も食肉生産の場と考えた場合、牛や豚は見せないでイルカは見られて、さらに「残酷だ」と言われると、太地の人からすれば差別されている気がするでしょう。
 私は牛や豚のと殺と比べてクジラやイルカの殺し方が格段に残酷だとは思っていません。また捕鯨の場合、なるべく苦しまないよう努力してきており、絶命に至るまでのデータを収集し、公表してきています。日本は調査捕鯨の中で「体のどこに銛が当たって、何秒で死んだ」とか「即死の比率はどれくらいか」をしっかりと分析し、公表してきています。またIWCでは、議論の末、どうなったらクジラがご臨終になったのかという判断基準を人間と同じように決めて出しています。絶命させるための技術もあがっています。IWCが出した結論に沿って、「爆発銛」という銛に火薬を詰めて、それをクジラに撃ち込むという方法で捕っています。ただこれにも「ミサイルを撃ち込んでいるようで良くない」という人もいますが、そうなると例えは悪いですが、ギロチン刑と絞首刑、どっちが苦しまずに死ねるかという問題になりますよね?ギロチン刑は見た目は良くないですが、絞首刑よりも楽に死ねます。さんざん言っていますが、こうなると科学の範疇を超えた議論になってしまいます。
 私たちも脳科学者や獣医の意見を聞き、議論し、時には反省し、クジラが楽に絶命できるような方法を常に考えています。決して無神経に殺しているわけではありません。その結果ノルウェイ沖の捕鯨では即死率85%を超えています。しかしこういうデータは公表されても取り上げられないのです。

−−そこまでのデータをとっているとは思っていませんでしたが、なぜ表に出てこないのですか?
M:IWCでは、平均の致死に至るまでの時間が減ったとしても100頭いるうち1頭がすごく苦しんで死んだら、反捕鯨国はその苦しんで死んだ方ばかりを強調するのです。そこで私たちもIWCとは別の北大西洋諸国(ノルウェイ、アイスランドなど)からなる北大西洋海産哺乳動物委員会(NAMMCO)にデータを出して、そちらで議論してもらいました。ここではもっと建設的な議論ができます。そうするとIWCの反捕鯨国は、「日本はデータを出してこない」と言ってくるのです。私たちは良い議論をしてもらうために、客観的に話を聞いてくれる場に出しているだけなのですがね。

−−そういうデータは捕鯨の正当性を裏付ける証拠でもありますが、専門家以外に一般の人にも公表した方が良いと思います。しかし私たちの目に触れることはありません。
M:弁解してしまうと日本の科学者は常に反捕鯨国に攻められて、それに対抗することばかりやっていたので、一般の人に公表するまで手が廻っていないのが正直なところです。これからは専門の先生などにももっと啓蒙してもらいたいです。というのは水産学会など同業者の人にも捕鯨の現状が知られていないのです。そういう人たちが集まる場で発表するとか、新聞社などマスコミの科学担当の人へ話をするとかですね。ただマスコミの人へも1回だけ話して終わりではないですよね?毎年どんどん新しい記者が入ってくると、その度に私たちも伝えていかないといけないです。NGOとかが強いのはそこだと思います。彼らは学校などで継続的に啓蒙する活動をやっています。


資源を枯渇させないことが大前提

−−森下さんはIWCの会議に出席されて、反捕鯨国からコテンパンにやられて辛い思いをしたことはありませんか?
M:それはないですね。コテンパンにやられているとも思いません。国によっては感情的になる人もいます。米国代表団なども国を背負っていますので易々と私たちの言うことに賛成はしないでしょうが、ただ彼らだって「君たちの言うこともわかる」と言ってくれます。別にいがみ合うようなことはありません。結果的にIWCでは何をやっても決まらないというのはありますが、議論そのもので肩身の狭い思いをしたということはありません。

−−今後、商業捕鯨は再開されますか?
M:実は捕鯨は「禁止」されているわけではない(※7)ので、これからこれがどう動くかはわかりません。ただ実現されるように交渉していきます。

−−鯨肉は戦後の食糧難を支えた貴重なタンパク源であり、今でも好んで食べている人がいます。枯渇させないようにはしてもらいたいです。
M:枯渇させないのは大前提ですね。他の漁業においても日本は好き勝手に捕っていると思われがちですが、日本ほど資源管理をきっちりやっている国はありません。

−−今日はありがとうございました。まだまだ鯨肉を食べたいという人もいますし、サメやマグロへの連鎖を生まないよう交渉は続けてもらいたいです。

※1 昨年秋に東京海洋大学において行われた公開講座。森下氏のほかに鯨類の生態研究の第一人者で東京海洋大学の加藤教授、IWC科学委員会議長で同じく東京海洋大学の北門准教授、太地のくじら博物館名誉館長の大隅博士などの話しを聞くことができた。

※2 IWCは先住民生存捕鯨としてアメリカのアラスカ、ロシアの北極圏などに住む先住民がおこなう捕鯨に関しては認めている。この他IWCの枠外でイルカ漁、小型鯨類(ツチクジラ)の捕鯨が行われている。

※3 日本の水産ジャーナリストで捕鯨問題に詳しい。1970年代から巻き起こった環境問題、捕鯨問題の裏には「ゼロ成長主義」のローマクラブなどアングロアメリカンによる日本など当時の新興国への圧力とベトナム戦争による米国国力低下があると唱えている。私とは喜界島でお世話になった神父さんの従兄弟であったことでコネクションができた。

※4 国連人間環境会議。1972年に第1回目がストックホルムで行われたことでこの名前がついた。この会議の場で米国が※3の文中にあるような理由で「反捕鯨」を訴え、全世界に強行的に浸透させようとした。

※5 米国が制定した国内法でクジラをはじめオットセイ、イルカ、アザラシなどの保護を目的にした法律。あくまでも国内法である。

※6 2014年1月19日にツイッター上で太地のイルカ漁に苦言を呈した。

※7 IWCでは商業捕鯨は「禁止」とは言ってなく、「暫定的に捕獲枠をゼロにしましょう」という表現を使っています。

【森下丈二】
1957年生まれ。京都大学農学部卒業。
1982年農林水産省。米国ハーバード大学卒業。
国連環境開発会議(地球サミット)、ワシントン条約会議などを歴任、1983年より捕鯨問題、大西洋マグロ保存国際委員会を中心に日米漁業交渉を、1996年よりミナミマグロ問題を担当。1999年より資源管理部遠洋課(捕鯨班長)。国際捕鯨委員会(IWC)の日本代表団の一員として活躍。