国際支援は無駄か?【2021/12/23】
[ ■ 日々の事 ]
ミクロネシア連邦ポンペイにあるゴミの最終処分場で、日本による支援でできあがった。同じ構造の施設は隣のコスラエにもある。福岡方式という処分場で、ゴミの分別後、自然に還るものだけがここで埋められるのだ。しかし実際にはその運用は崩れ、全てのゴミが捨てられているという事態になっている。
一昨日麗澤大で行われた「SDGsフォーラム」での講演してきた。この大学はミクロネシア連邦ポンペイで一緒に環境活動をしています。講演タイトルは『SDGsをベースとした生物多様性の保全の考え方』。
講演後、学生から「ちまちまと支援しても彼らのマインドが変わらない限り、必ず運用が乱雑になる。なので支援は無駄」と言う意見をもらった。
大洋州オセアニア地域の島国14ヶ国はGDPで言うとどこもワースト20位にはいるくらい貧しい。しかし人々から悲壮感を感じることはない。人々のつながりもあり共助の精神もある。日本人以上に幸せかも知れない。
確かにゴミの問題は良くないが、国際支援の元に先進国が手を貸すのはどうかと思う時がある。「このままで良いんじゃない」と。そしてSDGsで言うのなら日本国内にも貧しい人はいて、そう言う人も支援すべきだろう。
国や支援者はそこをはき違えるべきではないと思っている。もちろんODAの理念は世界のGDPアップであり、そうすることが戦争回避へ繋がるのだが、幸せの基準はそれぞれで良いのでは?