私がミクロネシア連邦へ行くようになった理由シリーズ③

[ 日々の事 ]

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第三弾になりました。空港の小ささからその田舎度合いが良く分かってきたのだが、迎えのホテルの車に乗ってホテルに向かう道中はこれまた凄かった。時速30キロでないと運転できない。ご覧のように道路はガタガタなのだ。メイン通りがこの状態で、穴が開いててそこに雨水が溜まってるなんて場所なんてあちこちにある。そして道路脇には何してるんだかわからない大人がいる。つまりブラブラしてる人っていうのがけっこういる。これはどの島でも見られる。1日ヤシの木の下でボーッとしてる人もいる。「何なんだろうか?彼らは何してるんだろう?」その答えを見つけようと必死に考えたが無理だった。今でも出て来ない。明らかに僕は日本と違う習慣の国に来てしまったというのを一刻一刻感じるのであった。
そして泊まった日本人経営のホテルは全4室(だったかな?)でレストランも併設。シャワーの水はデカいバケツに溜められてあった。水道はあるんだが、これで体洗うの???また停電がよくあるのでと忠告された。現に買ったチーズを部屋の冷蔵庫に入れて置いたらドロドロになっていた。幸いこのホテルは発電機があったので「停電してま〜す」と言えば発電機をまわしてくれた。後々行ったダウンタウンのスーパー、アイスクリームはみな変形している。それは停電してたため溶け、電気復活後にまた固まったからだ。そのスーパー、賞味期限切れの商品が陳列されていたのも日本の常識とは違うなと思うのであった。第4弾へ続く。

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私がミクロネシア連邦へ行くようになった理由シリーズ②

[ 日々の事 ]

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【私がミクロネシア連邦へ行くようになった理由シリーズ②】第2弾まで続くようになりました。僕がミクロネシア連邦(FSM)へ行くキッカケはたまたまグアムに行くときに機内で出会った日本人のホテル経営者に誘われたというのと、学園を通じて馴染みのある国だったというのがあげられる。行くのが途上国だしホテル経営者もさらに現地でやるときに使うダイビングショップも日本人スタッフだったというのが心強い。でもFSMは途上国。途上国と言えば「臭い」「汚い」「貧乏たらしい」と言う印象で絶対に無縁だと思っていたな。
さてFSM各島へはグアム経由で行くのだが、グアムまでの飛行機は日本人ばっか。しかしグアムで乗り換えて、そこから先の便、グアム行きと同じコンチネンタル航空(現ユナイテッド航空)なのだが客層が一層する。浅黒くて体のデカい人たちばっか。車椅子の客も多い(後々わかるのだが糖尿病の率が多いので)。もう搭乗前の雰囲気と言えば不気味感満載だというのが最初に印象。だがグアムから先の便もB737のジェット機なんで安心。
そしてFSMのチューク諸島(トラック諸島)へ初上陸。写真はコスラエの空港ターミナルの写真を駐機場側から撮ったのだが、どの島の空港も同じデザインなのでチューク空港もこれに同じ。飛行機からはタラップを利用して降りターミナルの入管へ向かうのだが、写真の赤矢印の金網には出迎えの現地人がいっぱい、それこそ金網に張り付くようにして見守っているではないか!それままるで動物園のサルのよう。またまた不気味感満載だ。正直言って来ちまったって感じだ。
入管、荷物を受け取り、税関を済ますとホテルのオーナーとダイビングショップが出迎えに来てくれていてひと安心だ。ショップのスタッフは「グアムが百倍都会に見えるでしょう」と。いや百倍どころじゃない。僕の上陸した感想は「なんか大変なところに来ちゃったよ」だ。因みにこの時点ではプロ写真家ではありません。以上が上陸までの話しで、また続きそうです。

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私がミクロネシア連邦へ行くようになった理由シリーズ①

[ 日々の事 ]

コロナウイルスの影響でまったく引き籠もりになっているので。よく聞かれることについて。私がミクロネシア連邦へ行くようになった理由、その理由よく聞かれます。最初ダイビング自体にハマってて毎週伊豆に行ってました。ライセンス獲りたての時です。毎週伊豆通いはスゴイことだろうと思い、仕事先にいたベテランダイバーに自慢したら、なんとゾクゾクと海外の地名がでてくるではないか?マーシャル諸島マジュロ、そしてミクロネシア連邦のトラック諸島(チューク)と。トラック諸島を検索してみたら旧日本海軍の船が沈む場所でアドベンチャーというか結構おっかなそうという印象もあった。しかしトラック諸島と言う名前は歴史上知っていた。それに僕の母校の学園は1976年からミクロネシア連邦、特にトラック諸島と密接な関係があるので地名は知っていた。
ある時、金銭的に手頃で行けるグアムに行く時、たまたま隣りに席に座っていた日本人がトラック諸島で小さなホテルをやっているので遊びに来なさいと声をかけてくれた。その方、あまり隣りに日本人が座ってても声をかけないそうだが、この時は別だったそうだ。僕にとってもそれが運、以降ミクロネシア連邦へ行くこと三十数回になってしまった。このシリーズ続くのか?<2020年3月24日記>

日本の技術

[ チューク(トラック)諸島 ]

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ミクロネシア連邦チューク諸島に沈む日本軍の飛行機「二式大艇」という水上飛行艇。もちろん国産機です。戦時中米軍はそんな名前知るよしもなかったので「Betty」という名前を適当に付けて呼んでいます。写真は機首の部分ですが、両翼にはプロペラが四つ付いています。
今や飛行機って言えばボーイング社かエアバス社ですが、当時は日本も飛行機を作る技術があったということを証明してくれているようです。残したい歴史遺産でもあります。

チューク諸島の過去の写真

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ミクロネシア連邦の運動会

[ ポンペイ(ポナペ) ]

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ミクロネシア連邦ポンペイで毎年9/11に行われている集落対抗の運動会です。ちなみに運動会はUndohkaiで通じます。
こちらの選手はオリンピックなどの世界大会に出られるほどの力もなく、その分の出場枠もないことから、島対抗あるいは集落対抗のこうしたイベントが多く行われています。中には裸足の選手もいるくらいです。
お客さんは相手集落の悪口とも言ってもいいくらいの野次合戦だそうでこれがけっこうおもしろいそうです。

ポンペイの過去の写真

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ウエザーステーションの今後

[ 小笠原諸島 ]

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小笠原諸島の父島です。ウエザーステーションと呼ばれるこの場所は今では日中ザトウクジラの観測ができ、夕方になると夕陽が綺麗に見える場所であります。
ただ一昨年東京都は令和元年の予算のなかに、小笠原空港開港に向け、その調査費を計上したと公表しました。もし予定されている場所に空港ができた場合、ウエザーステーションは航空障害になるというう理由で撤去されてしまうそうです。

小笠原諸島の過去の写真

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豊かな気持ちになれる海

[ セブ島放浪中 ]

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フィリピンのセブ島はどこをダイビングしてもその豊富な生物相には圧巻です。さすがコーラルトライアングルの一端だけあるなと感じます。
そして生物が豊富だとそこの海は実に明るく、ダイバーの気持ちも明るく豊かにさせてくれる。

セブ島放浪中の過去の写真

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マリアナブルーのサイパン

[ 海外の島々 ]

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マリアナ諸島のサイパンへはしばらく直行便がなく近くて遠い島でした。しかしスカイマーク便ができ、その魅力は徐々に拡がるのではないでしょうか?サイパンと言えばマリアナブルーで、その青さは青でなく蒼の世界です。
ところでマリアナ諸島、マリアナ海溝、北マリアナ連邦とマリアナという名称が付けられていますが、これも大航海時代のスペインの影響力の面影であります。

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地元の活動【2020/2/28】

[ 日々の事 / 地元での活動 ]

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本日、中目黒美化委員会による目黒川定期清掃が実施されました。新型コロナウイルスの影響で夜の人出も少ないからでしょうか?って感じのゴミ状況でした。
近隣の店舗、住民も参加し総勢15名によっておこなわれました。終了後はセブンイレブンさんのご厚意によってコーヒーが振る舞われました。
ご参加頂きました皆様、セブンイレブンさんありがとうございます。
そんな私はミクロネシア連邦以外にインドネシアでも清掃活動実施か?という流れになりそうです。

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東京で感じられるミクロネシア[動画]

[ ヤップ / 動画アーカイブ ]

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動画はこちらからご覧下さい。
ミクロネシア連邦の東端ヤップ島では今でも石貨(Stone Money)が使われています。石貨はその名のごとく石で作られたお金です。さてこのお金の使われ方は度々ここに掲載しているので省略しますが、実はこのお金は日本でも見られます。場所は東京の日比谷公園です。都内でミクロネシアが感じられる場所があるのには驚きでありますね。
私は必ずミクロネシアの話しをお客さんにするとき「ミクロネシアのいい話し」としてこの石貨の話をします。貨幣経済にまみれている現代人には知ってもらいたいですね。

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